福岡高等裁判所 昭和33年(ラ)135号 決定 1959年3月03日
抗告人 村上子之八
相手方 村上竹蔵
主文
原審判を取り消す。
相手方の戸籍訂正許可の申立を却下する。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別記のとおりである。
よつて考察するに、
本件戸籍訂正許可の申立の趣旨は父村上喜太郎と母村上ヤノ間の二男(現在の戸籍上は長男となつている。)村上子之八(明治二十二年六月九日生)は明治二十三年十一月十七日に死亡したにもかかわらず戸籍上はいまだ生存している旨の記載がなされ、また坂本ミヤ(旧姓村上)の私生長男村上勝市(明治二十二年七月二日生)はいまだ生存しているにもかかわらず、戸籍上は明治二十三年十一月十七日に死亡した旨の記載がなされているが、これは前記子之八の死亡届に勝市の名や生年月日を記載し内容虚偽の死亡届をなし、居村役場備付の戸籍にその旨誤記させたためであるから、これが戸籍訂正の許可を求めるというにあることは記録上明らかなところである。
従つて以上のような事実関係が認められる場合においては右戸籍の記載は戸籍法第百十三条に所謂戸籍の記載に錯誤がある場合に該当するとして利害関係人は家庭裁判所の許可を得てその戸籍の訂正を申請することができるものといわなければならない。
抗告人は以上のような戸籍訂正の結果は親子関係を確定し、かつ家督相続人の地位に当然変動をおよぼすものであるから確定判決による戸籍訂正の手続によるべきであると主張するが、右のような場合においてはたゞ前叙のようにあくまでも戸籍上の誤謬を訂正して真正の事実関係と戸籍の記載とを一致せしめようとするものたるに過ぎず、しかもその戸籍訂正によつて最終的に親子関係の存否が確定されるわけのものではなく、また日本国憲法の施行に伴う民法応急措置法施行後は家および戸主の制度がなくなつたので家督相続人の地位を特に重視する必要もない(もつとも家督相続に伴つて既に相続された財産上その他の問題はあるけれどもこれも右のような戸籍訂正とは別途の問題として処理されるべきであるからこれによつて抗告人主張のように相続回復請求権に関する規定が空文にされるものと解することはできない。)から右戸籍訂正の結果が親族相続上の身分関係に重要な影響をおよぼすものとしてその前提として必ず確定判決(家事審判法第二十三条の確定審判も同様)によつて身分関係の確定を要するものとなす必要はない。従つて抗告人の右主張は採用することができない。
然しながら村上子之八の父喜太郎は昭和四年九月二十三日に、同人の母ヤノは昭和二十三年七月二十一日にいずれも既に死亡していることは記録添付の戸籍謄本によつて明らかであり、また熊本県飽託郡河内芳野村長より当審に送付された戸籍謄本によれば村上勝市の母坂本ミヤは昭和二十六年九月十日に死亡していることが認められ、しかも本件記録にあらわれた一切の証拠を総合しても前記村上勝市の死亡届が何人によつてなされたかも不明であるうえに、原審における被審人村上子之八、井元勘六、小崎五次郎に対する審問の結果によれば子之八が死亡した際あたかも勝市が死亡した如く死亡届がなされたことが居村古老の間においては周知の事実となつているとも認め難いので、これらの諸事実に照らせば相手方の前記申立の趣旨に副うかのような原審における被審人五島平戸、村上竹蔵、村上末蔵、木下トサ、村上喜代次、村上サキ、村上謙吾、村上トラ中川茂三郎に対する各審問の結果と木下トサ作成の陳述書、木下トサ、小崎三平、五島平戸作成の各証明書の記載部分はいまだこれに全面的に信を措くことができず、その他相手方の右申立のような事実関係を認めしむるに足るなんらの資料もない。さすれば相手方の本件戸籍訂正許可の申立はとうてい却下を免かれず、これを許可した原審判は不当であるからこれを取り消すべきである。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 鹿島重夫 秦亘 山本茂)
抗告の趣旨
原審判はこれを取消す
被抗告人の申立はこれを却下する
旨の裁判を求める。
抗告の理由
被抗告人は抗告人が父村上喜太郎母ヤノの間に出生した嫡出子ではなく喜太郎の妻妹のミヤの私生子勝市であつて喜太郎ヤノ間に子之八が出生していたのを同人が死亡したのに、その死亡届をなさずして、ミヤの私生子勝市を私生子にするに忍びないとして抗告人をそのまゝ死亡した子之八に入れ換りしたので現在村上子之八を名乗つているに過ぎないと主張し抗告人は父村上喜太郎ヤノの長男として出生し爾来父母愛撫の下に成長し父を扶けて家業に励み来ており昭和四年九月二三日喜太郎死亡によつて抗告人が満四〇才のときその家督相続をなし今日に及んでいる、このことは身分関係を公証する戸籍の記載によつて厳に証明せられ、しかも抗告人の両親の生存中は勿論死亡後も姉弟妹間に何等の悶着を醸したことがなかつた、その後被抗告人は昭和三二年抗告人に対して財産分与の調停申立を熊本家庭裁判所に申立てたが抗告人が拒否したため調停不成立となつた頃から抗告人が村上喜太郎ヤノ間の実子ではなく喜太郎妻の妹ミヤの私生子であると流布するようになつたのであると主張して来た。
本件審判の結果は家督相続人の地位に当然変動を生ずることあるべきは言を俟たないのである
従つて本件は地方裁判所に提訴し其の審理の結果によつて戸籍訂正をなすことが合法的であると言わねばならぬ、換言すれば本件の子之八が亡喜太郎の長男なりや否やを家事審判によつて決定するは違法も甚だしいと言うべきである
家事審判に附すべき事項は家事審判法第九条に明示せられている、然るに本件の如く親子関係を確定し、家督相続に直ちに変動を及ぼす事柄を審判することは、其の権限内に包含せられていない
仍て権限外に逸脱した原審判は当然取消さるべきである、戸籍訂正に名を借り民法に定められた親子関係を審判し相続回復請求権を空文となすものであり、従つて原審判は之を取消すべきは言うまでもない
仮りに本件が家庭裁判所の所轄として審判すべきであるとしても被抗告人と抗告人との主張に対して原審は被抗告人の主張を是認して審判してあるが原審においてその証拠として被審尋人五島平戸、村上末蔵、木下トサ、村上喜代次、村上サキ、村上トラ、中川茂三郎及び被抗告人審尋の結果を綜合して認定している、この審判は甚だしく事実の認定を誤つたものである、原審における上記の被審尋者等は何れも幼少の頃の出来事を被抗告人の流布するのに迎合して嘘実を供述しているに過ぎないのであつて措信するに足りないのである
抗告人の主張が真実であることは最も信頼される公証の戸籍及び除籍の記載と六〇余年間またかつて被抗告人主張のような事柄が顕現されていない事実及び原審における被審尋者中最も高令の井元甚六の供述こそ真実であつて同人の曽祖母は村上喜太郎の養父勝作の妹である親族関係ある者で同人は二〇才の時から役場に勤務して助役を三期も勤めていた経歴ある者の証言こそ最も措信するに足りる、同人は抗告人が村上喜太郎ヤノ間の実子であると思つていること、喜太郎ヤノが抗告人及姉弟妹と何等差別していなかつたこと、そして昭和三二年頃被抗告人が抗告人に対して財産分与の調停申立をなした頃から被抗告人が抗告人は村上喜太郎とヤノ間の実子でないと言うようになつたと聞いている等綜合すれば抗告人の主張が事実であつて原審の審判は事実の認定を誤つたと言うべきである
原審判は当然取消さるべきであるから抗告趣旨記載通りの裁判を求めるため本抗告に及んだ次第である